蛇籠の家は西垂れの傾斜地に建つガレージ付きのコートハウスである。
重力に逆らうように宙に跳ね出しているコンクリートのボリュームがまず目にとまるダイナミックな造形を作り上げた。人工的に切り開かれた造成地に擁壁を拵えて平坦な土地を作るのではなく、以前そこにあった里山の風景を雑木の庭によって再生しつつ、人の手の痕跡をそこに強く印象づける様なファサードをイメージした。
砕石をステンレス製のカゴの中に詰めた「蛇籠」の壁をアプローチにそって積み上げた。本来は土木用の資材としてつくられた蛇籠は道路からの目線を遮る強固な壁であるが、一方で風や雨などが通り抜ける自然との親和性が高い材料だと捉えている。蛇籠や水盤、植栽が一体となったこのアプローチは、人は常に自然と共にあるという私のポリシーを体現している。
ガラス張りのエントランスへ入ると来訪者は体を反転させて、今通ってきたアプローチ空間をもう一度眺めるとともに、頭上の吹抜け越しに予見される次の空間への期待に胸を踊らせるであろう。
杉板打ち放しのコンクリート壁から跳ね出した鉄骨階段を一段づつ登るにつれ、この家の中心であるLDKに近づいて行くが、その全貌を一望するためには登りきった所でもう一度体を反転させる必要がある。一見するとこの反転の動きを強要する動線は無駄に思われるかもしれないが、空間の奥行きをより深く感じさせ、ここでしか得られない空間体験をより印象づけると考えている。
L字型の空間の両端にリビングとキッチンを配置し、その交点は薪ストーブを据えたダイニングスペースとした。揺らめく炎を眺めながら家族の時が流れる正しくこの家の中心と呼べる空間になっている。
また米杉張りの天井や漆喰塗りの壁、鉄製の格子が入った間仕切り戸など、施主とともに長い時間を掛けて吟味した素材や意匠が空間を彩っている。
リビングは段差を二つ降りた先にあるタイル張りの部屋になっている。ちょっとした段差ではあるが、深いソファに腰掛けるような寛いだ雰囲気を与えている。一方で床のタイルを中庭へと延長し、外部とのつながりを強く感じさせる土間のような雰囲気でもある。落ち着きと開放感の相反する要素を両立させた、この空間ならではの特徴を味わうことができる。
キッチンでまず目に飛び込んでくるのはシンクの先にあるFix窓越しの樹木の姿であろう。勝手口やパントリーの配置など機能的な条件と同時にプランニングを成立させるのに一苦労したポイントである。
お陰で風にそよぐ木立を眺めながらキッチンに向かうことができる気持ちの良い空間が完成した。
洗面所と浴室も幾度も打合せと変更を重ねて完成した。中庭と屋内との繋がり方、使用する設備機器や素材など、細部に至るまで施主夫妻のこだわりと美意識が反映されている。
庭に囲われるように配置されたバスタブに浸かりながら過ごす時間は、至福の時に感じられるだろう。
アルミニウム製のモザイクタイルを張り上げた壁や、酸で洗った鉄製のカウンターを設えたトイレもまたこの家の特色を表している。新しい素材をただ取り入れるのではなく、自分自身と更に施主の審美眼に問いかけるようにして吟味したマテリアルを、品格を感じさせる空間として昇華させる事を常に念頭に置きながらデザインを行った。
大人が集うバーのような雰囲気を纏う地下の趣味室は、ご主人入魂の空間である。杉板打ち放しの壁面や米杉本実板張りの天井などこの家に共通する要素を取り入れる一方で、現場打ちコンクリート製のキッチンカウンターや古材風のフローリングなど、ここだけの個性も光る空間となっている。
2014年の基本計画の開始からとても長い時間を掛け、施主と幾度も打合せや変更を経て竣工した蛇籠の家。この家造りに関わったすべての人の情熱と根気に支えられながら、心から誇れる一軒の住宅が完成したと実感している。
所在地:愛知県名古屋市
主要用途:専用住宅
設計監理:architect6建築事務所
施工:澤崎建設
造園:景観設計ユリ
基本計画:2014年10月〜2016年5月
実施計画:2016年6月〜2017年12月
工事期間:2018年4月〜2019年5月
構造:混構造(地上2階:木造、地下1階:RC造)
建築面積:127.09m2(38.44坪)
延床面積:230.79m2(69.81坪)
写真撮影:ArchiPhoto KATO